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zoom RSS 糸碕神社「本因坊秀策師之碑」について

<<   作成日時 : 2011/07/22 21:36   >>

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国道2号線で三原市街を抜けたところに糸碕神社がある。
どこの神社にも各種の招魂碑や詩文碑が建っているものだが、10年ほど前に、ここで本因坊秀策の顕彰碑を見つけたときは、正直オドロキだった。
他の石碑と違って、神社に背を向けて国道に面している。
後で知ったが、これは対岸の因島に向かって建てられたからだという。
(この石碑については昨年も日記に書いたことがある。)
      http://hasunatu.at.webry.info/201008/article_22.html

慶長3年夏の建立と刻されているが、本文は御影石の風化で非常に読みにくい。
一度は宮司に碑文の資料を見せてくれとたずねたが、ありませんといわれた。


先日、秀策囲碁まつりに行ったとき、上島町の中辻氏から「碁聖本因坊秀策小伝」という小冊子をいただいた。
これは平成16年に、因島市制50周年にあたり編纂されたものだ。市民に秀策のことをもっと知ってもらいたいという趣旨なので、地元での話題も豊富に取り入れてあり貴重な資料である。

このなかに、件の糸碕神社の碑が出ていた。
秀策は1862年8月10日に没したので、糸碕神社の顕彰碑は僅か5年後(1867年=慶長3年)には建てられた。
秀策の芸弟、石谷広二が東奔西走して浄財を集めたもので、時の本因坊秀和が喜び、石谷に策の一字を与え、広策と名乗らせたほどだという。
石谷広策は後年、冒頭に「囲棋十訣」を掲げた名著、「敲玉余韻」(秀策打ち碁集)を出版している。

やっと判明した糸碕神社の顕彰碑文の前半部を掲げる。
本因坊秀策師之碑
師本姓桑原氏。幼名虎次郎。本州因島人。生而頗異。五六歳善棋。其對奕下子。捷疾如未甞徑意者。蓋天性也。父和三常携遊四方。人皆驚嘆。而尤受三原城司之遇○。十歳遊江戸為棋院弟子。明年入品。遂為本因坊養子改称秀策。秀策之名遍天下。毎歳殿試未甞取一輸。其徒称以為古今無双。文久二年八月十日。以病没。年三十四.。葬江戸丸山本妙寺○域
(以下略)



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